追分けの碑
追分けとは道の分岐のことで、そこに立つ道標を追分け石といいました。この地は明治期に整備された新陸羽街道(国道?号線)と鹿角街道(国道282号線)の分岐点で、滝沢鵜飼の本村及び滝沢駅方面にも通じ「分わかれ」の通称で親しまれていますが、同時に岩手山参道の入口でもあります。この追分け石は鹿角街道と岩手山参道(柳沢口)との角に立ち、岩手山参道の入口を示すものです。
岩手山は岩鷲山大権現として崇敬され、奥宮は山頂にあり、柳沢、雫石、平笠(八幡平市)の登山口にはそれぞれ里宮(新山宮)があり、柳沢口は盛岡からの正参道であるので柳沢の新山宮(岩手山神社)はその中心で城下にもその新山宮(岩手山神社)置かれています。
盛岡の町人講中により文政2年(180 5)には登山口から山頂まで道しるべ十本が建てられ、安政4年(1857)には道しるべと頂上お鉢に三十三観音石像が奉納されました。『内ない史し 畧りゃく』には「丁巳同年(安政4年)閏5月12日惣市中兼かねがね々信仰の者より、岩鷲山へ麓より御殿(頂上奥宮)迄の間、参詣の道しるべ、三十三観音の像、石にて彫奉納。右講中同日白木綿に観音の像を背に染め、上着に用い参詣。夕顔瀬片原丁に神楽等これ有り、往来筋大いに賑ひ参詣群集す。比賦方人足七百人也と云々」とあり、当時の盛んな岩手山信仰が知られています。
安政?年の追分け石は、この三十三観音の前年に同じ盛岡講中により建てられたもので、文化4年の追分け石とともに、岩鷲山正参道の入口を示し、往時の岩手山信仰をしのばせる史跡として重要です。
- 登録日:1979-10-01
- 文化財の指定:滝沢市指定文化財
- 文化財の種類:史跡
- 交通・見学:県北バス「分れ」下車 路傍にあります。車にご注意ください。
- 住所:滝沢市内
- Tel:019-684-2111(文化振興課)